コトバのソムリエふぃでりおがお送りするテクストの世界。 二人の男が現れた。 一人はバスティーユ監獄の方から、一人は植物園の方から ブヴァールとペキュシェ…彼等はすべてのものから裏切られてしまった……フローベール
「不快なしびれが、口のまわりに楕円形の輪をつくる。夢のなかの駆け足。すがる思いで、次の動きを待ち受ける。動かない……いや動いている……たしかに動いている。」
安部公房『箱男』
「その、頭が変に小さく見えた事が私の心を感傷した。貧乏と世帯でやつれている町子が急に可哀想になって来た。そっと上から覗き込んで見たら頸を少し内側にまげ込んですやすやねていた。きたない、はげちょろの着物をいつもの通り著ている。女だから結婚でどんな運命にでも合い得たろう。こんなにみすぼらしくなってそれでも少しも不平なく尽くしてくれるのをほん当にうれしく思った。」
内田百蝓嵒患官狷記帳」
「誰でも、風景に接した場合、つい自分に必要な部分だけを抽き取って見がちなものである。」
安部公房『箱男』
「暗く湿った空と、眼の高さで溶け合っている、黒い海。海は空よりももっと暗い。堕落するエレベーターのような深い黒。眼をつぶってもまだ見えている底無しの黒。海が聞える。自分の頭蓋骨の内側が見える。骨組が露出しているドーム型の天幕。飛行船の内部にそっくりだ。」
安部公房『箱男』
「足引の山の雫に妹待つと我が立ち濡れし山の雫に」2-0107
「吾を待つと君が濡れけむ足引の山の雫にならましものを」2-0108
万葉集巻二
大津皇子 石川郎女
「梓弓引かばまにまに寄らめども後の心を知りかてぬかも」2-0098
「梓弓つらを取佩け引く人は後の心を知る人ぞ引く」2-0099
万葉集 巻第二
久米禅師 石川郎女
「み薦刈る信濃の真弓我が引かば貴人さびて否と言はむかも」2-0096
「み薦刈る信濃の真弓引かずして強ひざるわざを知ると言はなくに」2-0097
万葉集 巻第二
久米禅師 石川郎女
「剣大刀いよいよ研ぐべし古ゆ清けく負ひて来にしその名そ
都流藝多知 伊与餘刀具倍之 伊尒之敝由 佐夜氣久於比弖 伎尒之曾乃名曾」
万葉集 巻二十 4467
「意志までが、海の青さに染って、青ざめてしまったようだった。」
安部公房『箱男』
「アイロンのきいた白衣の裾が割れ、唾をつけた指で擦ってみたくなるような膝がのぞいた。」
安部公房『箱男』
「スタンドの笠を通さない生の光が、彼女を触覚的な球体に誇張する。胴と、上腿と、上 でつくられた逆三角形に、中からぴったり乳房の蓋。眼だけを残して、ぼくの全身が萎えはじめた。」
安部公房『箱男』
「箱を脱げるのは、昆虫が変態するように、それで別の世界に脱皮できる時なのだ。」
安部公房『箱男』
「細いが、細すぎず、適度なふくらみをもった軽い脚。二枚貝の内側のように、艶やかな膝の裏。あまりに鮮やかだったので、着ていた服の色さえ覚えがないほどだ。」
安部公房『箱男』
「手紙を読み、札を数えていると、急に聞えるはずのない霧雨の音がしはじめた。頭の中を流れる血管の音かもしれなかった。」
安部公房『箱男』
「虫に刺されたところを掻くのに、とりたてて決心はいらない。」
安部公房『箱男』
「百姓ほどみじめなものはない、とり分け奥州の小百姓はそれがひどい、襤褸を着て糅飯を食って、子供ばかり産んでいる。ちょうど、その壁土のように泥黒い、汚い、光ない生涯を送っている。」
真山青果『南小泉村』冒頭
「澄みあきらかなるものはたなびて空となり、重くにごれるものは地になる」
『日本書紀』冒頭
…海野は、「同一文章が二つの頭脳から創られることがあり得るかどうか」という形で問題を立てていた。
「…『騒乱のバラード』と『制度の子供たち』の問題の箇所が、A、Bとマークして、並記されていた。
A・「冷酷な夕暮が樹木のない街に落ちかかる頃、男と女たちは、街頭へ溢れ出た。陽はまだオープンセットの正面に当っていた。しかしいつもこの地域のさざめきを作っている車の通る音、なにかもののぶつかる音は絶えていたので、垂れこめた空の下に、その丘へ登って行く人たちの靴の重い足音だけが響き渡って、騒音になっていた」
B・「埃っぽい夕暮が、街に落ちかかる頃、男女学生が校門から街に溢れ出た。まだ消え残った夕陽が、キャンパスに当っていた。しかしいつもは、その坂道の騒音を形作っている車の音は絶えていた。坂の上と下は機動隊にブロックされ、車の往来がなくなっていたからだ。ただ坂の舗道を踏む学生の苦しげな靴音だけがひびいて、街の音になっていた」
そして次のようにコメントされていた。
…「AとBとに共通の祖型があり、AB双方、無意識に再生産されることは可能。自分もどこかで見たことがある文章なり」
…「一九七八年十ニ月十ニ日。遂に祖型発見。カミュ『ペスト』邦訳新潮社版。宮崎嶺雄訳。一三三頁。」C・「ここでもう一度、あの永劫に繰り返される、金色の、埃っぽい夕暮れ−それが樹木のない町の上に落ちかかる頃、男たち女たちが街頭へ流れ出る、あの夕暮れを思い浮かべてみる必要があろう。なぜなら、異様なことに、その時、まだ日の当っているテラスのほうへ立ち昇ってくるのは、普通に都市のすべてのさざめきをなしている車や機械の音というものがなくなってしまった結果、ただ鈍い足音と人声の巨大なざわめき−重く垂れ籠めた空の災厄の連枷の唸りにリズムを刻まれる数千の靴底の苦しげな軋めきだけであり、要するに、次第次第に町じゅうを満たしていった」」
大岡昇平「盗作の証明」p.386-387
「至烈ノ闘魂、至高ノ錬度、天下ニ恥ヂザル最期ナリ」
吉田満『戦艦大和ノ最期』末尾 初稿版
(上記初稿が江藤淳により発見されるまでは、「今ナホ埋没スル三千ノ骸 彼ラ終焉ノ胸中果シテ如何」昭和27年8月30日刊行版であった)
「夜ごとの霜のさむければ、
夕暮の風をも待たで、
倒れ死すべき定めも知らず、錦なす葉の萎れながらに
色増す姿ぞいたましき」
永井荷風『墨東綺譚』末尾
「小説家ゾラはドレフュー事件について正義を叫んだ爲め國外に亡命したではないか。然しわたしは世の文學者と共に何も言はなかつた。私は何となく良心の苦痛に堪へられぬやうな氣がした。わたしは自ら文學者たる事について甚しき羞恥を感じた。以来わたしは自分の芸術の品位を江戸戯作者のなした程度まで引下げるに如くはないと思案した。」
永井荷風「花火」について
「−私はS町で円タクを捨てると、覚悟を決め、市電に乗った。
成るべく隅の方へ腰を下ろして、膝の上に両手を置いた。それから気付かれないように電車の中を一通り見渡してみた。幸いにも「変な奴」はいない。私の隣りでは銀行員らしい洋服が「東京朝日」を読んでいた。見ると、その第二面の中段に「倉田工業の赤い分子検挙」という見出しのあるのに気付いた。何べんも眼をやったが本文は読めなかった。−それにしても、電車というものののろさを私は初めて感じた。それは居ても立ってもいられない気持だ。」
小林多喜二『党生活者』(遺作)
「人の真似をする者は、その真似るものよりは必定劣るものじゃ。そなたも、自分の工夫を専一にいたされよ。」
菊池寛『藤十郎の恋』
「無能の相棒というものほど大事なものはない」
司馬遼太郎『項羽と劉邦』
「メモはメモだけに終って、メモ自身からは何も生まれっこないんだぜ」
梅崎春生『砂時計』
「此頃の私の考えを言つて見やうなら、今の文壇は餘りに色氣澤山ではあるまいか。一方にはロオマンチシズムの幽霊の様なのがあれば、一方には不自然極る妖怪談のやうなのがある。…明治の文壇も何うか今少し色氣が無くなつて、人生の秘密でも、悪魔の私語でも、勝手次第に描くやうになつて欲い。」
田山花袋「『野の花』序」
「人類の一面は確かに動物的たるをまぬがれざるなり。此れ其の組織せらるゝ肉體の生理的誘惑によるとなさんか。…余は専ら、祖先の遺傳と境遇に伴ふ暗黒なる幾多の慾情、腕力、暴行等の事實を憚りなく活冩せんと欲す。」
永井荷風『地獄の花』跋
「…作者の些細な主観の為めに、自然が犠牲に供せられて居るのは、今の文壇の到る処の現象で、明治の文壇では大きい万能の自然が小さい仮山の様なものに盛られて…」
田山花袋『野の花』序
「慰められる人は、馬鹿にされる人である」
夏目漱石『虞美人草』
「だれだ、あくびをしたのは……まだすることは一杯あるんだ」
寺山修司『血は立ったまま眠っている』